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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)384号 判決

原告

小野江朗

右訴訟代理人

川又昭

外一名

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者

三好武夫

右訴訟代理人

平沼高明

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

「被告は原告に対し、金五八四万九、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年四月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  原告は被告との間において、昭和四一年ころ、損害保険等についての代理店委託契約を締結し、さらに昭和四四年一一月一八日、改めて被告所定の損害保険代理店委託契約書(以下、本件損保代理店委託契約書という)および自動車損害賠償責任保険代理店委託契約書(以下、本件自賠責代理店委託契約書という)に基づいて各代理店委託契約という)を締結した。

しかるところ、被告は原告に対し、昭和四五年三月一三日原告到達の書面をもつて、本件損保代理店委託契約書第二〇条第二項および本件自賠責代理店委託契約書第一八条に基づき、右書面到達後三〇日を経過した日をもつて本件各代理店委託契約を解除する旨の意思表示をなし(以下、本件解除という)、同年四月一三日以降原告の委託業務取扱を拒否している。(本件損保代理店委託契約書第二〇条二項、本件自賠責代理店委託契約書第一八条はいずれも、被告又は原告は三〇日前に文書により予告して代理店委託契約の全部又は一部を解除することができる旨規定している。)

2  しかしながら、本件解除は左記(一)(二)(三)いずれかの理由により無効であるから、被告が本件解除を理由として原告の委託業務取扱を拒否することは、正当事由なくして本件代理店委託契約上の原告の権利を故意又は過失により侵害する不法行為というべきである。

(一) 前記解除規定(以下、本件解除約款という)は、契約締結の際契約当事者によつて全く留意されないのが実情であり、原、被告とも、これに拘束される意思を有しなかつたものであつて、例文と解すべく、このような解除の自由を互いに約定したことはない。従つて本件解除約款に由つて解除した、というだけでは、解除は無効である。

(二) 仮に、原、被告がこのように自由な解除権を約定したとすれば、原、被告の契約関係が次に述べるとおりであるところから、本件解除約款は、経済的強者たる被告が、経済的弱者たる原告に対し何ら合理的理由なくして解除権を行使し、それによつて原告の生存権を脅かすものというべく、したがつて、公序良俗に反する無効な約款というべきである。

本件代理店委任契約は、原告がこれに基づいて、顧客との間に保険契約の締結、変更、解約申出の受付、保険料の領収、返還等、被告のための代理店業務を行うのに対し、被告が約定の手数料を原告に支払うことを内容とするのであつて、被告の利益のみならず原告の利益をも目的とする委任契約というべきであるところ、同時にその契約の実質は、原告の被告に対する従属的労働関係でもある。すなわち、一般に、保険会社は巨額の資本を有する大企業であるのに対し、保険代理店は零細な個人企業で、業務に専念することによつて取得する手数料を唯一の生活の資とする。かかる事情の下に、保険会社は保険代理店に対し、(イ)毎月の保険契約高を設定してその達成を強要し、督励する。(ロ)並存する保険代理店間相互の競争意識をあおり、長期総合保険については月に一、二件の保険契約を締結することを要求する。(ハ)保険代理店の責任にあらざる事項についても理由書の提出を要求する。(ニ)保険代理店の使用人が保険料を使い込んだような場合には、保険代理店委託契約の解除を仄めかせて同人の解雇を迫る等、本来保険代理店自身の業務執行ならびに人事権行使に対して支配介入する。以上のようなのが、保険代理店委託契約の実態であり、原、被告間の本件契約もほぼ同様であつた。

(三) およそ、契約解除が有効であるためには正当な解除理由が必要である。したがつて、仮に本件解除約款が有効であるとしても、被告が本件解除約款に基づいて解除するためには、正当な解除理由が必要であり、しかも、雇傭契約解除に要求される正当事由に匹敵する程度の合理的理由が必要であるのみならず、その理由を開示する必要があるというべきである。

3  原告は、被告の前記不法行為により、次に述べる損害を蒙つた。〈以下省略〉

理由

一原告は昭和四一年ころから被告の保険代理店であつたが、昭和四四年一一月一八日改めて被告所定の本件代理店委託契約を締結し、右契約は、原告主張のとおり被告に解除されたことは、当事者間に争いがない。

二本件解除の効力について

1  本件代理店委託契約は、原告が保険会社たる被告のため保険契約の締結、保険契約の変更、解約の申出の受付、保険料の領収、返還等の代理店業務を執行するのに対し、被告が約定の手数料を支払うことを内容とし、委任契約の性質をもつ商法上の代理商契約であることは、当事者間に争いがない。

ところで、民法は委任契約の解除解約については、契約当事者は特段の理由なくとも何時でもこれをなしうると定めている(民法六五一条)のに対し、商法は、代理商契約については、代理商関係の継続性と営利性とを考慮し、二ケ月の解約予告期間を要求する特則規定(商法五〇条一項)を設ける。もつとも、右規定は任意規定と解すべきであるから、右解約予告期間を伸縮する旨の当事者の合意は有効というべきである。

この点につき、本件代理店契約にあつては、契約解除条項として、「原告又は被告は三〇日前に文書により予告して本件代理店委託契約の一部又は全部を解除することができる」旨の本件解除約款が設けられていることは、当事者間に争いがない。

原告は、右解除約款は例文であつて、契約当事者を拘束するものではない、旨を主張するので、検討するに、〈証拠〉によれば、原告は本件代理店委託契約締結の際、本件解除約款に留意することなく契約書(乙第一号証)に署名捺印したことが認められないではないけれども、右の一事をもつて直ちに当事者間において、本件解除約款を例文とする意思であつて、従つてこれに拘束力を認める意思がなかつたものということはできないし、他に本件解除約款が例文であることを認めるに足りる証拠はない。

2  次に、原告は、本件代理店委託契約は被告のみならず、原告の利益をも目的とする委任契約であるから、これを解除するためには、合理的理由とその開示とを必要とする旨主張するので、この点を判断する。

代理商契約の解除について、民、商法は何ら合理的理由の存在とその開示を要求していないし(民法六五一条、商法五〇条)、又委任契約たるの本質に照らし、その解除に特段の理由を要しないことには相当の理由があるというべきであり、右理由は、委任契約が有償である場合にあたつても、有償の故をもつて、修正される必要はない。

すなわち、本件代理店委託契約は、原告が、右契約に基づき代理店業務を遂行することに対して被告から一定の手数料を支払われる契約であるという意味においては、原告の利益をも目的とするものということはできるが、このことは、本件代理店委託契約が有償契約であるということであるにすぎず、当然に解除を制限拘束することにはならない。

又、本件代理店委託契約を解除するに、解除の発効要件として解除理由を開示しなければならないと解すべき法的根拠は存しない。

3  さらに、原告は、本件代理店委託契約下の原、被告の関係は、その実質において雇傭契約類似の従属的労働関係と目すべきものがあるから、本件代理店委託契約の解除には合理的理由とその開示とを要する旨主張する。

(一)  もとより、委任契約もいわゆる労務供給契約の一つである。しかし、本件代理店委託契約がその実体において原告主張のような原告の被告に対する従属的労働関係と解すべきものとするならば、その面において労働契約であるから、労働基準法をはじめとする労働法規の規制を受くべきものであるところ、そのような形跡は、本件全立証によるも認められない。

(二)  のみならず、〈証拠〉を総合すれば、原告は被告から保険契約高に応じた一定の手数料を支払われるのみで、従属的労働関係に立つ使用人としての報酬、俸給の支払はないこと、原告が被告の保険代理店となつた当初は、訴外キャピタルおよび大東京火災海上株式会社の代理店をも兼ね、いわゆる乗合代理店であつたこと、原告は、当初は横浜市南区平楽六八の自宅に、昭和四四年一二月一日以降は、同区井土ケ谷下町一七―三中村板金工業所内に独自の事務所を構え、独自の使用人を雇い、これら営業費を自ら負担していたこと、被告からは時間的制約を受けることなく営業活動をしていたことの各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうとすれば、原告は、商法上の代理商として、本質的に自由に自己の代理店業務活動をなし得、被告に対して従属的労働契約関係にはなかつたというべきである。

(三)  もつとも、〈証拠〉によれば、(一)被告は、原告ら代理店毎に毎月の保険契約目標高を設定し、各代理店が目標高を達成するようかなり強引に督励し、その方法として、被告傘下の各代理店を集めて、保険契約高の多い者を成績優秀者として表彰し、あるいは被告事務所に各代理店の保険契約実績を一覧表にして掲示するなどの外、被告は代理店向けに機関紙「とびぐち」を発行し、代理店業務について連絡助言をしていること、(二)原告以外の代理店についてではあるが、代理店の使用人が保険料の使い込みをした場合には、被告は当該代理店に対し、右使用人を解雇するか、もしくは当該代理店が右使用人に代わつて弁済することを要求し、右要求に従わないときは、代理店委託契約を解除する旨を明言した事実があることが認められるけれども、右(一)の事実は被告の原告ら代理店に対する指揮命令というを得ないし、(二)の事実は、被告としては、同種事故の発生による被告の信用失墜の防止ならびに損害の填補を図るものとして当然の要求といえるものであり、右事実をもつて、被告による原告の人事権に対する介入として、従属的労働関係を認める根拠とすることはできない。

(四)  他に従属的労働関係を認めるに足りる証拠はない。

4  その他、本件解除をもつて、解除権の濫用と認められるような特段の事由について、主張立証はない。

5 なお、原告は、本件解除約款は公序良俗に反して無効である旨を主張するけれども、本件解除約款は商法五〇条一項所定の解約予告期間を三〇日に短縮したにすぎず、右条項は任意規定と解すべきこと前述のとおりであり、公序良俗に反して無効な規定であるということはできない。その他、本件全証拠によるも、本件解除約款が公序良俗に反して無効であるとする特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

6  以上の次第で、ひつきよう、本件解除は有効といわざるを得ないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので、棄却を免れない。

三よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(立岡安正 長門栄吉 星野雅紀)

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